
さて、こうして毎年私たちを楽しませてくれる仙台七夕ですが、そのルーツをご存知でしょうか?
実はこのお祭り、ただ綺麗に街を彩るだけのイベントではなく、仙台の歴史や人々の不屈の精神がギュッと詰まった、とても奥深く感動的なものなんです。今回はせっかくなので、仙台七夕の由来や歴史について、がっつりと語らせてください!
始まりは伊達政宗公!文化と祈りの星祭り

仙台七夕の歴史の糸を巻き戻していくと、行き着くのはやはり我らが藩祖・伊達政宗公です。政宗公は、戦国武将としての勇猛さだけでなく、和歌や茶道にも通じた一流の文化人でした。
七夕自体は、古くから宮中行事や武家の間で星を祀る「乞巧奠(きこうでん)」として行われていましたが、政宗公はこれを庶民の文化向上、特に婦女子の技芸(機織りや裁縫、書道など)の上達を奨励する目的で広めたと言われています。
また、当時は旧暦の7月7日に行われていたため、季節的には現在の8月上旬から中旬にあたります。つまり、秋の収穫を目前に控えた時期であり、稲の開花期でもありました。そのため、台風などの災害から作物を守り、秋の豊作を祈る「田の実の節句」としての切実な祈りも込められていたのです。政宗公自身も七夕に関する和歌を残しており、当時から仙台城下でこの行事が大切に育まれていたことが伺えます。
新暦導入による衰退の危機

江戸時代を通じて、仙台の各家庭でささやかに、しかし大切に行われてきた七夕行事ですが、明治維新を迎えると大きな転換期、そして「危機」が訪れます。
太陽暦(新暦)の導入です。これにより、暦の上での7月7日は、日本の梅雨真っ只中となってしまいました。夜空を見上げても天の川は見えず、雨で飾りも出せない。季節感もズレてしまったため、人々の七夕への熱は急速に冷めていきました。さらに大正時代に入ると、第一次世界大戦後の不景気も重なり、仙台の七夕は次第に廃れ、街からその姿を消しそうになってしまったのです。
商人たちの意地!昭和初期の「復活」と現在のスタイルの確立

「このままでは仙台の大切な伝統が途絶えてしまう!」と立ち上がったのが、仙台の商人たちでした。昭和2年(1927年)、仙台商工会議所と地元商店街の有志たちが、不景気を吹き飛ばし、街に活気を取り戻すために、七夕飾りを商店街の装飾として大々的に復活させました。
翌年の昭和3年(1928年)には、東北産業博覧会が仙台で開催されたことに合わせ、さらに盛大に飾り付けを行いました。この時、従来の笹飾りに加えて、商人たちが互いのプライドをかけて工夫を凝らした、巨大で豪華な紙張りの飾りが登場しました。これが、現在の「巨大な吹き流しが商店街を覆う」という仙台七夕まつりのスタイルの原点です。この目論見は見事に当たり、見物客は予想を遥かに超え、大成功を収めました。現在、仙台七夕が新暦の1ヶ月遅れ(中暦)である8月6日〜8日に開催されているのも、季節感を本来の旧暦に合わせ、かつお盆前の商戦を盛り上げるという商人たちの知恵の結晶なのです。
焼け跡に咲いた希望。戦後復興と仙台七夕

しかし、順風満帆に見えた七夕まつりに、最大の悲劇が襲いかかります。第二次世界大戦です。戦時下の物資不足や灯火管制により華美な行事は禁じられ、七夕まつりも中断。そして昭和20年(1945年)の仙台空襲により、美しい杜の都は無残な焼け野原となってしまいました。
すべてを失い、絶望の淵にあった仙台の人々。しかし、彼らは諦めませんでした。終戦からわずか1年後の昭和21年(1946年)。まだ瓦礫の山が残る一番町通りに、なんと52本の七夕飾りが立てられたのです。
もちろん、今のような豪華な和紙はありません。焼け残った紙の切れ端、古布、色を塗った新聞紙などをかき集めて作られた、手作りの不格好な飾りでした。しかし、焦土と化した街の風に揺れる色鮮やかな吹き流しを見た仙台市民は、その下で涙を流して喜び、生きる希望と復興へのエネルギーを見出しました。「仙台七夕は復興のシンボル」と語り継がれるのは、この焼け跡に咲いた52本の飾りの物語があるからなのです。
現代に受け継がれる「七つ飾り」の心

そして現在、東北三大祭りの一つとして全国から観光客を迎えるまでに発展した仙台七夕。数百万をかけて作られる絢爛豪華な吹き流しに目を奪われがちですが、すべての飾りには「七つ飾り」と呼ばれる伝統的な小物が必ず組み込まれています。
短冊(たんざく):学問や書道の上達
紙衣(かみごろも):病気や災難の身代わり、裁縫の上達
折鶴(おりづる):家内安全と健康長寿
巾着(きんちゃく):富貴と貯蓄、商売繁盛
投網(とあみ):豊漁と豊作
屑篭(くずかご):清潔と倹約
吹き流し:織姫の織り糸、技芸の上達
これら一つ一つに、伊達政宗公の時代から続く人々のささやかで切実な願いが込められています。どんなに飾りが巨大化し、華やかになっても、この「七つ飾り」を手作りで飾るという伝統だけは、決して変わることはありません。
おわりに
ただ綺麗なだけじゃない、伊達政宗の祈り、商人たちの意地、そして焦土から立ち上がった人々の「生きる希望」が詰まった仙台七夕まつり。
アルフィーやハイキュー!!といった新しい風を感じつつ、藤崎でのノスタルジーに浸り、母校の後輩たちの純粋な願いに触れ、そしてこの街の長い歴史に思いを馳せた、とても充実した一日でした。
もし来年、仙台七夕に来られる機会がありましたら、ぜひ豪華な吹き流しの中に隠れている「七つ飾り」を探してみてください。きっと、今までとは少し違う、奥深い七夕の魅力を感じられるはずです!
そうそう、ご飯のおいしいお店も紹介したいと思います。
仙台と言えば・・・牛タンですかね!
私は、ウナギが好きなので、近いうちにUPしますので、一度仙台にお越しくださいませ~。


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