【第2回】7月1日:愛宕神社の「半凶」と、日常を取り戻すための小さな一歩

休職期間に入って2日目。昨日は心身の疲労と診断のショックから、一日中部屋にこもりきりで悶々としていたが、今日は少しだけ重い腰を上げて、外の空気を吸ってみることにした。休むことが仕事とはいえ、ずっとベッドに横たわっていると、先週の上司とのあのトラブルの光景ばかりがフラッシュバックして、かえって息が詰まりそうになるからだ。

午前10時30分。ゆっくりと身支度をして向かったのは、見晴らしの良い愛宕神社だ。長い階段を一段一段、今の自分の体力を確かめるように登っていく。少し息が上がったものの、境内に吹き抜ける風は心地よかった。神様に手を合わせた後、ふと思い立っておみくじを引いてみた。
結果は「半凶」。
それを見た瞬間、落ち込むどころか、思わずふっと笑いが漏れてしまった。「神様って、本当にいるんだね」。今の自分のボロボロな心身の状態や、理不尽にすべてを奪われたようなこの状況を、神様は上からすっかりお見通しなのだろう。もしここで「大吉」なんて出たら逆に嘘くさく感じていただろうけれど、「半凶」という絶妙なリアルさが、今のドン底の自分には妙にフィットして納得してしまった。今は運気も気力もどん底。ここからゆっくりと、7月29日までかけて上向きにしていけばいいのだ。

その後、11時30分頃からはジムへと足を運んだ。心身症という診断を受け、心が疲弊しきっている今だからこそ、あえて体を動かしてみようと思ったのだ。ランニングマシンで2kmほど走った。普段ならなんてことない距離かもしれないが、今の鉛のように重い体には十分すぎる運動だ。額から汗が流れ落ちるのを感じながら、ただひたすらに「足を前に出すこと」だけを考える時間は、頭の中を埋め尽くす会社への不安や上司への怒りを、一時的に強制シャットダウンしてくれた。精神的な疲労と、運動による肉体的な疲労は違う。心地よい疲労感を感じながら、少しだけ呼吸が深くなった気がした。

13時半に帰宅し、遅めの昼食。お湯を沸かしてインスタントラーメンを作って食べた。特別な具材は入れない、ごく普通のラーメン。でも、今の自分にはこれで十分だ。休職中の昼間は、毎日インスタントラーメンにしようと決めた。今の私には「今日のお昼は何を作ろうか」「何を食べようか」と考えることすら、脳のエネルギーを消費してしまう。決断の回数を減らして、限りなく脳を休ませるための、私なりの防衛策だ。

食後の一息をついていた14時頃、突然スマートフォンが震えた。画面を見ると、会社からの着信。一瞬、心臓がビクッと跳ね上がり、胃の奥が冷たくなるのを感じた。しかし、表示されていたのは私から業務を引き継ぐことになった同僚の名前だった。彼とは普段から仲良くしている間柄なので、「こればかりはしゃーないな」と苦笑いしながら電話に出た。
内容は業務に関するいろいろな話だった。彼に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。先週のあの一件さえなければ、もっと綺麗に、責任を持ってすべての業務の引き継ぎができたはずなのに。理不尽なトラブルのせいで心が折れ、こんな唐突な形で職場を離れることになってしまった無念さが、同僚の優しい声を聞いて改めて込み上げてきた。それでも、こうして気兼ねなく話せる相手が職場にいてくれることは、今の私にとって小さな救いでもあった。

電話を終えた後は、これからの毎日のルーティンにしようと決めている「昼寝」をした。夜、どうしてもまだ眠りが浅く、何度も目が覚めてしまうため、昼間に少しでも脳と体を休眠状態にすることが不可欠なのだ。
目が覚めてからは、ただただYouTubeを流し見して、頭を空っぽにしてボーッとする時間を過ごした。生産性なんて何もない時間。でも、この「何もしない時間」「ボーッとする時間」を自分に許すことが、今の私には一番必要なリハビリなのだ。

夕方になり、少し気力が湧いてきたので、部屋中に掃除機をかけ、乾いていた洗濯物をたたんだ。部屋がきれいになると、不思議と心の淀みも少しだけ晴れたような気がした。仕事に行けなくても、社会から一時離脱していても、こうして自分の生活環境を整えることはできる。自分にはまだ「普通の生活」を送る力が残っているのだと確認できたことが、嬉しかった。

そろそろ、妻が仕事から帰ってくる時間だ。今日の夕飯は、焼きうどんにする予定。
野菜とお肉を炒めて、うどんを合わせるだけのシンプルなメニューだけれど、妻と一緒に食卓を囲める普通の日常が、今は何よりもありがたい。
昨日の自分はただ絶望の中にいたけれど、今日は外に出て、汗をかき、人と話し、家事もできた。少しずつ、本当に少しずつだけれど、前に進めている気がする。明日もまた、焦らず自分のペースで、この「半凶」の日々を過ごしていこうと思う。