
思考を強制シャットダウンする、遠刈田温泉の「熱湯」
今日で休職期間に入って4日目。
昨日は「休日に飽きた」「働きたい」「自分にも悪いところがあったのではないか」と、焦りや自己嫌悪にぐるぐると絡め取られていた。しかし、せっかく手帳に「やりたいこと」を書いたのだからと、今日は思い切って外へ出てみることにした。頭の中で反省会を繰り返すより、物理的に環境を変えてしまう方が今の自分には合っている気がしたのだ。
向かったのは、自宅から車で90分ほどの場所にある「遠刈田(とおがった)温泉」だ。
目的は、昔ながらの共同浴場である「神の湯」。ここはなんと入浴料400円という格安で、本格的な源泉掛け流しの温泉が楽しめる素晴らしい場所だ。木造りの風情ある湯小屋に入ると、ふわりと温泉特有の香りが漂い、それだけで少し緊張がほぐれるのを感じた。
ここの名物は、なんといってもその「熱いお湯」だ。浴槽は「ぬるめ」と「熱め」に分かれているのだが、神の湯の基準は少しおかしい(笑)。「ぬるめ」と書かれている方でさえ温度計は42度を指しており、一般的な銭湯なら十分に熱い部類に入る。
恐る恐る足を入れてみると、ビリビリとした刺激が全身を走る。でも、じわじわと慣れてくると、これがたまらなく気持ちいいのだ。体の芯から強引に冷えや疲れ、そして心の澱(おり)のようなものが押し出されていく感覚。調子に乗って「熱め」の浴槽(なんと45度くらいあるらしい)にも挑戦してみたが、こちらは足先を入れた瞬間にギブアップ。さすがに我慢できなかった。火傷するかと思うほどの熱さだったが、その強烈な熱さに耐えようとしている瞬間だけは、会社のことや上司の顔、今後の不安などを一切忘れることができた。「熱い!」という強烈な身体的感覚に支配され、余計なことを考える脳の余白が完全にゼロになるのだ。これは今の私にとって、最高のマインドフルネス療法だったかもしれない。
インスタント生活を抜け出して。絶品「中華亭分店」のラーメン

温泉でさっぱりと汗を流した後は、お昼ご飯。今日は事前に調べておいた「中華亭分店」というラーメン屋に向かった。
休職に入ってからの昼食は、思考を停止させるために毎日インスタントラーメンで済ませていたが、今日は特別だ。ここのラーメンが、本当に、マジで美味しかった。昔ながらの丁寧な醤油スープが、温泉で火照った体と、少し弱っていた胃袋に優しく染み渡っていく。

美味しいものを「美味しい」と心から感じられること。そんな当たり前の感覚が自分の中にまだちゃんと残っていたことが、ラーメンの熱気と一緒に胸を熱くさせた。心からおすすめできる一杯だ。
理不尽をぶっ飛ばす!Vシネマ『欲望の街』でスカッとした午後

心もお腹も満たされて帰宅した後は、部屋でゆっくりと映画鑑賞。今日はVシネマの『欲望の街』を観た。
ここで少しあらすじを説明すると、この作品はかつて『ミナミの帝王』で一世を風靡した竹内力さんが主演を務める任侠・裏社会ドラマだ。竹内さん演じる主人公の「九頭竜(くずりゅう)」は、暴力ではなく、持ち前の圧倒的な存在感と頭脳、そして法律の知識を駆使して、裏社会で暗躍する悪党たちを容赦なく裁いていくという痛快なストーリーである。
会社という閉鎖的な組織の中で、上司の理不尽な振る舞いに何も言い返せず、ただただ自分を押し殺して耐えるしかなかった私にとって、九頭竜が権力や悪に屈することなく、スバっと問題を解決していく姿は信じられないほど爽快だった。フィクションだと分かっていても、「自分もこんな風に強く立ち回れたら」と少しだけ憧れてしまう。見終わった後は胸のすくような気分になり、そのまま心地よい疲労感に包まれて、毎日欠かさないルーティンである「昼寝」の世界へと落ちていった。
妻が買ってきてくれたお寿司と、久々のビール

目が覚めると夕方。仕事から帰ってきた妻の手には、パックのお寿司が握られていた。
「たまには贅沢しよう」と買ってきてくれたのだ。そのお寿司を前にして、冷蔵庫の奥から久々にビールを取り出した。休職して心療内科に通い始めてからというもの、何となくアルコールを避けていたのだが、今日は特別に少しだけ味わうことにした。
冷えたビールをグラスに注ぎ、一口飲む。喉の奥に広がる炭酸の刺激と苦味が、いつも以上に五感に響いた。妻と他愛もない話をしながらつまむお寿司と、久々のビール。これまで当たり前のように過ごしていた週末の光景が、今は涙が出るほど愛おしく、ありがたいものに感じられた。妻の優しさが、じんわりと心に染みた。
振り返ってみれば、今日の私は一度も「会社」や「上司」のことを思い出して深く落ち込む時間がなかった。温泉の熱さに耐え、ラーメンの美味さに感動し、Vシネマの主人公の活躍にスカッとして、妻との夕食に癒される。ただそれだけの、ありふれた一日。でも、今の私にとっては、自分の中に「喜び」や「心地よさ」を感じるセンサーがしっかりと機能していることを確認できた、とても大きな意味を持つ一日だった。
まだ病気の自覚(病識)は薄いし、明日になればまた焦りや不安がぶり返すかもしれない。でも、今日みたいな日を少しずつ積み重ねていけば、きっとまた前を向ける日が来る。明日はどんな一日にしようか。そんな風に明日を楽しみに思える自分を、今日は少しだけ褒めてあげたいと思う。
